ブミプトラ政策と世界史の窓が話題。
ブミプトラ政策のブミプトラとは
マレー語で「土地の子」を意味する。
要するに「地元民」のことで、
ここではマレー系住民と先住民を差す。
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マレーシアにおけるブミプトラ政策について
ちゃんとした情報が多くはない。
そこで今回は、内容とその成果、
さらに問題点を紹介する。
目次
ブミプトラ政策とは?内容をわかりやすく簡単に…世界史の窓、シンガポールについて
ブミプトラ政策とは
日本人研究者によって名付けられた名称。
正式には英語で
New Economic Policy (NEC)
「新経済政策」という。
マレーシアのブミプトラ政策とは
内容をわかりやすく言うと
移民である中国系人またはインド系人から
経済的にマレー人を守り、マレー人の経済的部分の
地位向上をめざすために行われた、マレー人優先の政策。
マレーシアでブミプトラという政策がなぜ生まれたのか。
それはイギリスからの独立後、
マレー人は人口の6割を占め政治的実権を握った。
しかし実際マレー人の大半は農業に従事し、
経済的にはイギリス植民地時代に外国人労働者として
マレーシアにやって来た中国系人が牛耳っていた。
このことにより経済的に豊かな中国系人と
先住民のマレー人との格差が生まれ対立することになる。
のちに5月13日事件の引き金になる
(マレーシア史上最悪の民族衝突事件)。
この対立により、マレー系住民と先住民である
マレー人を経済的に守るために優遇しようと
「ブミプトラ政策」が行われた。
ブミプトラ政策はマレーシアの
教育にも大きく影響している。
マレー語は公立学校では必須である。
ブミプトラ政策以前は、多民族の
マレーシアでは理数系科目を英語で教えていた。
しかしブミプトラ政策が取り組まれてからは
英語をやめ、マレー語で統一することが決定された。
また国公立大学の入学者数においては、
始めから割合設定が違うため、
マレー系人の方が多い。
同じ学力であってもマレー系人が優先される。
そんなこともあり、不満を抱えた
優秀な多民族の学生は海外の大学へ流れる。
優遇されて入学したマレー人が多い
国公立大学では学力低下が心配されている。
ブミプトラ政策の他に
ルックイーストという政策がある。
これは日本の、個人より集団の利益を
優先する労働倫理に学べというものだ。
ブミプトラ政策の中になぜ
ルックイースト政策を作ったのか。
その理由はブミプトラ政策を行ったことにより、
マレー人が優先的に採用された社会では、
その甘さから怠ける者が増えた。
仕事に対する能率の悪さが目立つようになった。
そして自分優先の考え方をする
マレー人ビジネスマンが増える結果となった。
この問題を解決すべく、日本に習えと
ルックイースト政策が打ち立てられた。
ここでブミプトラ政策を行った根源について、
シンガポールとの深い関係を話そう。
シンガポールはマレーシアから
追放された国というのはご存知だろうか。
元々同じマレーシア連邦としてイギリスにより建設され、
主に中国系人とインド系人の外国人労働者が多数やってきた。
これにより、マレーシア連邦の人口は
ほとんどがマレー人と中国系人の
半々が占めることになる。
マレー人で国を統一したい当時の首相と、
多民族主義を訴えるシンガポール州のリーダーで
中国人の曾祖父を持つリー・クワン・ユーが対立。
結果マレーシア連邦から追い出され、
1965年に完全に分離独立した。
以来、リー初代首相のすすめる
多民族社会主義となったシンガポールは、
商業の港を始めとして経済的に成功を納め現在に至る。
ブミプトラ政策の名残があるマレーシアは
未だ思うような経済成長を遂げていない。
ブミプトラ政策につながる、シンガポールや
マレーシア連邦については
「世界史の窓」を参考にしてみるとよい。
分かりやすく書かれている。
ブミプトラ政策は世界のマレーシア研究者からも
議論されており、多民族国家の開発ジレンマなど
多数の論文も発表されている。
マレーシアのブミプトラ政策の成果と問題点、デメリット…いつまで?現在は廃止?
ブミプトラ政策によりマレー系人の生活は向上し、
一定の成果を上げた一方で、
差別という問題点が浮き彫りになってきた。
マレーシアは昔から移民が多く他国籍、
少数民族の人々が暮らす国だったため、
人種差別は多少あった。
そこにブミプトラ政策が行われたことにより
マレー人との差別が拡大されるようになった。
このブミプトラ政策は元々
20年間の政策だったため
90年には廃止している。
しかし、その後マレーシア政府は
資本所有率の更なる向上を目指し、
名前を変え「国家開発政策(NDP)」を始めた。
このNDPも2000年には終了している。
その後政権が変わっても、その都度名称を改めただけで、
ブミプトラ政策は廃止したとは言え
現在も尚引き継がれている。
国内では特に華僑(中国系)や
印僑(インド系)から
ブミプトラ政策に対する不満か多い。
また平等な雇用を唱っているイギリスや
アメリカからの非難も大きくなっている。
マレーシアがブミプトラ政策を完全に
廃止する日が来るのはまだまだ先のようだ。
まとめ。ブミプトラ政策の成果について
移民、少数民族が多いマレーシアで
ブミプトラ政策が行われた背景に、
複雑な問題があったことを知った。
国民を守るためとは言え、えこひいきは
その民族の成長の妨げにならないか。
全民族が平等に幸せに暮らせる国になるよう願いたい。
マレーシアとシンガポールで夜遊びを楽しんだ武井。
自分と同じくロボコンファンだったことが判明(笑)。
最後に、
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ブミプトラ政策という名前のはなくなったけど、実質違った名前の政策でなお維持し続けているのはしりませんでした。
むかしの政策ってよく理解しにいくいのがあると思います。本当に考え方もちがうし、国が違ったら尚更だと思います
地理など勉強不足過ぎて、理解にとても時間かかりそうです。「世界史の窓」を読んで勉強してみたいなと思いました。
正直日本って国の中で同じ様な人達の中でも差別があるんだから国が違ったりするとやっぱり差別はてでくるよね。
ブミプトラ政策っていう単語もはじめて聞きました。意味がマレー人優先の政策っていうのもそんなのがあるんだと驚きました。